※この記事は、知的障害者や精神障害者本人の保護を図るためのものです。
意思能力や判断能力の無い者が遺産分割協議に加わると無効となる
まず前提として、意思能力や判断能力の無い者が加わった遺産分割協議は無効となります。
そのため、そのような場合は成年後見人の選任を家庭裁判所に申し出て、本人の代わりに遺産分割協議に加わってもらうのが通常です。しかし、一律に知的障害や精神障害がある者の相続には成年後見人が必要であるという考えは間違っています。ご家族がしっかりと話し合い、ケースバイケースでの相続方法を考えていきましょう。
知的障害者等の相続分を0にすることの意味
知的障害者等の方であり、ご自分で自身の財産をうまく運用できない方の場合は、多額の財産を持つことが必ずしも良いことだとは言えません。騙されて極端に安い価格で不動産を売却してしまったり、不必要な契約を取り交わされてしまったりすることがあるからです。
また、後々に成年後見人が就いた際、財産の安全性は約束されますが、柔軟な利用は行うことができなくなります。
そして一番大きな影響としては、本人の財産が「最終的に国庫に帰属してしまう」ということです。
例えば相続人なくして本人が亡くなった場合、兄弟姉妹の子までは相続権がありますが、孫であったり、兄弟姉妹の配偶者には相続権がありません。そのため、そのような状況で成年後見人の就いている方が亡くなった場合、その方の財産は基本的に国の物になります。
自分の財産を相続する者がいないことに気付いた場合、成年後見人が就いていない者であれば、生前贈与や遺贈を行うことができます。しかし成年後見人が就いている場合はそのような自由な財産の処分はできません。成年後見人は、本人が亡くなるまでその財産をできるだけ減らすことのないように、安全な運用を行う義務があるのです。
財産が最終的に国庫に帰属するケース
考えられるケースとしては、障害年金を受給している方の場合、日々の生活や医療、福祉サービスについての費用は障害年金や自立支援給付、医療費助成等を活用すればほとんどを賄うことができます。そして受け継いだ多額の財産を多く余らせて亡くなってしまったとしましょう。
その方の唯一の家族である兄弟姉妹が、本人が亡くなった後の財産は自分が受け継ぐことができると思っていたとしても、その兄弟姉妹本人が亡くなってしまった場合、その者に子がいなければ財産は国庫に帰属してしまいます。日頃から仲良くしていた兄弟姉妹の家庭に財産が受け継がれず、赤の他人である国に没収されてしまうという不条理な状況が起こり得るのです。
さらに、成年後見人が本人のために行う支出が必ずしも本人の希望通りにいくとは限りません。
本人の自己実現の一つが「海外旅行で10カ国を制覇する」であった場合、十分な財産があったとしてもその渡航費用の支出は簡単には認められないでしょう。
それは成年後見人が悪いのではなく、成年後見制度自体の一番の目的が「本人保護」にあり、家庭裁判所の監督下に置かれるため、イレギュラーな支出をするのは認めづらいからなのです。
障害者の相続分を0にする方法
まず、対象となる知的障害者や精神障害者の方の意思能力や判断能力があるという前提が必要です。
しかし、意思能力や判断能力の有無は一般市民には判断できません。判断に有力な影響を与えることができるのは医師、しかし最終的に判断できるのは「裁判所」のみとなります。そのため、知的障害者や精神障害者の方の意思能力や判断能力の有無については非常に難しいポイントなのです。
ここでは、知的障害や精神障害があっても意思能力や判断能力はあると判断される方の場合の手法についてご説明します。
本人の生活を確保するための計画を立てる
意思能力や判断能力がある方の場合であれば、遺産分割協議は本人が納得できる内容のものであれば有効に成立します。
ということは、本人が損をせず、安心して生活を送れるような財産を確保してあることを納得してもらうことが必要となります。
本人の相続分を0にする代わりに信託財産にする
一番良いのが「信託財産にしてしまう」ということだと思います。本人が直接受ける相続財産は0とするが、本人に分け与える分を信託財産として本人の生活のために運用する。これならば本人の生活の安定は担保されます。
この信託の良いところは、「本人が亡くなった後の財産の帰属先を事前に設定しておける」ということです。先程の例であれば、「信託財産の残余は兄弟姉妹のAに、Aが亡くなっている場合はAの配偶者Bに」帰属させることができるのです。
兄弟姉妹が財産を全て引き受け本人のために使う
遺産分割協議は当事者同士が納得すればどのような内容でも有効に成立しますので、上記のような取り扱いにすることもできます。
例えば、1000万円の相続財産を兄と弟で500万円ずつ分けるのではなく、兄の相続分を1000万円、弟の相続分を0円にしてしまう。しかし、500万円は弟の生活のために使うことにします。
ただし、これはただの口約束に過ぎないこととなってしまうので、しっかりと本人に納得してもらえる方法を取ることが重要です。例えば別口座に500万円を保管し、本人のための費用として引き出すなどです。もちろん兄弟姉妹には扶養義務がありますので、弟の分の500万円を引き受けていなかったとしても、弟が生活に困窮するようであれば支援をしなければなりません。
このような方法を取った場合、万が一本人の意思能力や判断能力が疑われ、何者かが遺産分割協議の無効を主張してきた場合でも、説明をすることができます。
その結果、訴訟を起こしても結果的に意味のないことと判断され、訴訟リスクを回避することにもつながります。遺産分割協議を無効として、成年後見人をつけてから遺産分割協議を行っても結論は似たりよったりだからです。
※ただし、遺産分割協議無効確認の訴えは本人の意思能力や判断能力の有無に主眼が置かれるため、理論上は別問題となります。
無効な遺産分割協議は必ずしも違法とはならない
遺産分割協議が無効になるということについて大きな誤解があるかもしれませんが、遺産分割協議が無効であったとしても、それが違法だということには直接つながることはありません。
故意的に相手を欺いたり、強引に話を進めたり、ましてや実印を勝手に押してしまったりしてしまえば犯罪に発展してしまいます。しかしながら、相手方に納得してもらい、円満に遺産分割協議が行われているのであれば、その遺産分割協議が後に無効と判断されたとしてもその遺産分割協議をやり直すだけで良いのです。
とは言っても訴訟で争ったり、遺産分割協議をやり直したりすることは相当な労力が必要です。そのため無効主張をする者も、よほどの結果の変動が期待されなければメリットはないでしょう。
ということは、トラブルのない相続を行うには「円満に」、「法定相続分に準じた本人財産の確保」が重要になるでしょう。その実現を図るために柔軟な対応が必要となります。
知的障害者の方の相続分を0とした事例
私が支援したある相続手続きでは、知的障害をお持ちであっても、他のご家族がご本人に納得してもらった上でご本人の相続分を0にして遺産分割協議が行われました。
もちろん、ご本人の生活上の面倒はご家族が全て負担し、ご家族の死後も残されたご本人が生活に困らないような計画を立てました。そこには財産だけでなく、福祉サービスや人的資源の活用も含まれています。
そこには形式だけの法が立ち入る余地はありません。「障害があるから成年後見」ではなく、障害の程度や本人の意志、将来何がどのくらい必要になるのかをケアした遺産分割協議を行うことが、本人及びそのご家族を救うことになるのです。
※相続税の障害者控除を受ける必要がある場合には障害者の相続分を0にすることはできません。
現場経験豊富な行政書士が全国対応で支援いたします
当事務所では、長年福祉現場を経験してきた行政書士が障害を持つ方とそのご家族を、相続手続きだけでなく、その後の将来も見据えた支援を行います。障害者問題や親亡き後問題について、長きに渡り寄り添った支援を行っていきますので、ぜひ一度ご相談ください。
※知的障害者や精神障害者の方の相続については例外的に全国対応をしております。相談する機関にお困りの方は、遠方でいらっしゃってもご相談をお受けしますのでご安心ください。
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