※この記事は「福祉サービス契約時の成年後見制度」について書かれています。
福祉業界と成年後見制度はどちらが間違っているのか
成年後見制度は、本人を保護するための最強の制度です。
しかし、ときに本人を保護するため家族との繋がりをも排除してしまう可能性もある制度です。
現況の高齢者福祉サービスや障害者福祉サービスでは、この制度の運用上非常に大きな問題が存在します。
それが、「家族が本人名で契約を行う」ということ。
今回は、福祉業界と成年後見制度のどちらが正しいのか、結局被害を受ける本人や家族はどうすればよいのかなどについてお話ししたいと思います。
福祉業界の常識は「本人名で家族が契約を行うことができる」
まず、福祉サービスの契約の現況を考えてみます。
成人対象の福祉サービスは大原則、「本人が契約を行うこと」。これは一般人から見ると当たり前ではありますが、当事者達から見ると「不可能」と感じてしまうのは当然です。
なぜなら、利用者が「判断能力が無い状態」にあることが多いからです。
例えば、特別養護老人ホームや障害者入所施設などでは判断能力が無いとみなされてしまう方が多くを占める場合もあるでしょう。
ということは、多くの方が「本来契約行為が行えない者」と言えるわけです。
しかし皆さんは福祉サービスを利用することができます。
それはなぜかと言うと、「家族が本人名で契約することができる」という一見矛盾した方法がまかり通っているからです。
これは、2000年にその点について全く考えられないまま介護保険法(そして支援費制度)と成年後見制度がスタートしたことに理由があると思います。
成年後見制度の建前は「家族が契約するのではなく成年後見をつけるべき」
では、法律上の建前はどうなっているでしょう。
「判断能力が無いと見られる者の福祉サービス契約は家族がいても成年後見制度を利用しなければならない」というものです。
ということは、重度の知的障害等があり、判断能力が無い者は「20歳(成人)に達した時からは成年後見人をつけなければ福祉サービスが利用できない」ということになってしまうのです。
どんなに家族が本人をサポートする体制ができていても、それとは別に第三者の成年後見人をつける又は家族が成年後見人という立場に立って本人をみていかなければならない、これは本人や家族にとっては大きな負担です。
本人は障害年金から定額の支出を一生払い続けなければならなくなり、家族は本人の通帳を管理することは許されなくなります。
しかし、現行の法律では確かにそれを強いられることとなっているのです。
福祉業界と成年後見制度はどちらが正しいのか
では、福祉業界の常識「本人名で家族が契約できる」ということと、法律からの要請「家族がいても成年後見人をつけて契約を行わなければならない」ということはどちらが正しいのでしょうか。
もちろん法律が正しいこととされています。
本人名で家族が契約するということはどんな解釈をしても(あくまでも法律上では)成立することはありません。
判断能力が無い時点で家族に契約を委任することもできないため、「勝手に契約行為を行った」という事実だけが残ってしまうことになります。
しかしこの状況は本当に法律が想定していたものなのでしょうか?
この恐ろしさに法律家や福祉従事者も気付いていない
上記で述べた矛盾には、法律に携わる者はおろか、福祉従事者にも気付いていない者が多くいます。
「法律で決まっているんだからどんな状況でも成年後見人をつけなきゃ駄目だ」などと述べる福祉関係者も確かにいます。
これは「法律家は福祉を知らず、福祉従事者は法律を知らず」という現状が存在しているからだと思います。
法律に携わる者も福祉従事者も「法律どおりにやることが正しいのだから当たり前」だと言い、「その後どのようなことが起こるのか」について関心が無いのです。
私は明らかに「政策の欠陥」だと考えています。この点を全く考えずに国が「措置から契約へ」という政策と成年後見制度のスタートを同時に行ってしまったのが失敗だったと思います。
法律に従わなければならないのか…?
家族としては「法律で決まっているんだから生活が厳しくなっても成年後見人をつけるしかないのか…」と考えてしまうでしょう。
しかし私はそうは思いません。
まず、成年後見人をつけるということは本人の権利であり、義務ではないからです。法律にも成年後見制度を強制する条文はありません。
本人にとって必要が無ければ成年後見制度を利用しなければ良いのです(家族以外の第三者が申し立てを行うこともできますが…)。
本人にとって利益になる場合にのみ成年後見制度を利用できるというのが元々の法律の目的と言えるでしょう。
となると、「使わなければならない状況」を排除することができるのかということに関心はいきます。その一つが「福祉サービスの契約」でしょう。
福祉サービスの契約で成年後見制度を使うことの無いように!
前述したように、本人の契約を家族が行うというのは問題があります。しかしそれは「法律上」のみです。
実際上は何の問題ともならないと言って良いでしょう。
なぜなら、「誰も困る者がいないから」です。
福祉サービス事業者は、福祉サービスを利用してもらうことで何も困ることはありません。もちろん本人の意思能力の有無はある程度把握できているでしょうし、それを承知の上で契約を行うのですから騙されているわけでもありません。本人とその家族が円滑にサービスを受けてもらえれば何も被害を被ることはないのです。
本人にとっても社会的に考えれば利益しかないと考えることができると思います。福祉サービスの利用料自体は(ほとんどの場合)自己負担無しで利用でき、多くの支援や訓練を受けることができます。嫌がるのを無理矢理通わせたりするのでなければ、本人としても生活にハリができ、生きがいにもつながることがほとんどだと思います。
犯罪として問われないことの考察
前述したとおり、家族が本人名で福祉サービスの契約を行うことは問題とならない旨を述べましたが、さらに深く考えてみます。
まずは福祉サービス自体の契約を行うことについてですが、これを罪(有印私文書偽造罪)に問われる可能性はほぼ無いと考えます。
その根拠としては、有印私文書偽造罪の構成要件として「行使の目的で」という文言があるからです。
【参考:刑法】
第百五十九条 行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利,義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。
福祉サービスの契約当事者は「福祉サービス事業者と本人(とその家族)」です。おそらく契約時には当事者同士が立ち会いのもと契約行為が行われているのだと思います。
また両者で作成した契約書を第三者に提供して何かを行うということはまず考えられないでしょう。そのため「行使の目的で」にはなじまないのかもしれません。
次に刑法上問題となる可能性があるのは、福祉サービスの利用料を本人の口座から自動引き落とししてもらう際の「口座振替依頼書」です。これも有印私文書偽造罪についてとなりますが、こちらも実際には問題とはなりません。
まず、契約書と違い、この口座振替依頼書は銀行に提出して本人の口座からお金を引き落としてもらうという「行使」にあたることは明らかです。
そもそも本人の許諾を得ずに本人の口座からお金を引き落とすことについては「横領罪」や「窃盗罪」の成立を考えるでしょう。
しかし、刑法には「親族相盗例」というものがあります。一定の親族間では横領罪や窃盗罪等は「免除される」という規定があるのです。
そのため、警察として起訴することは考えられません。免除になることが分かっているのにわざわざ起訴することは警察にとってはデメリットしかないからです。
もちろん銀行も家族間の問題にわざわざ首を挟むことはメリットがあるとは言えません。お金のやり取りについて問題が無いのに有印私文書偽造罪だけを警察に通報することは銀行にとってもデメリットしか無いからです。
福祉サービスの契約は今まで通りで問題なし!
ということで、今までどおりに福祉サービス契約を行うことには全く問題が無いと言って良いでしょう。
現在でも家族がいるのにも関わらず契約に成年後見人を求めてくる施設はあるそうですが、おそらく施設全体の1割にも満たないと思います。
とはいえ今後家族がいるのにも関わらず成年後見人を求めてくる施設は増えてくると考えられます。「成年後見制度の推進」が福祉サービスの契約の場面(家族がいない者を除く)にも押寄せられると、被害を受けるのは本人とその家族です。
そのためには「福祉施設選び」の段階で契約の方法についても念頭に置いておくこと。出来れば本人の親が亡くなっても兄弟が引き続き契約を行える扱いとしている施設を選ぶべきです。
せっかく福祉サービスの契約を成年後見人なしで行えても「遺言」が無いと意味がない!?
また、いくら福祉サービス契約を家族が行えても、「相続」で成年後見人が必要とされているご家族が増えています。
せっかく福祉サービスの契約を家族が行えていても、何も対策をしなければ相続の段階で成年後見人をつけることになってしまいますので、必ず遺言等の対策を取っておかなければなりません。
福祉サービス対策と遺言対策をしっかり取ることによって成年後見人をつけることをできるだけ遅くし、本来の成年後見制度が活躍するタイミングになってから活用できるようにしたいものです。