認知症の成年後見人対策「相続の放置」は本当にできるのか?
法定相続人の中に認知症の方がいて相続手続きができない場合、どうしても成年後見人をつけたくなければ「相続の放置」という手段を考えることができます。
相続の放置とは、具体的に言うと「認知症の相続人が亡くなるまで相続手続きをしないで待つ」ということです。
例えば、父が亡くなった際、認知症の母と子一人が相続人だが、母が亡くなってからまとめて父と母の相続手続きを行う、こうすることで母に成年後見人をつけずに済むのです。
しかし相続の放置はどんな場面でもできるというわけではありません。今回はケースごとに相続の放置ができる場合と難しい場合のシミュレーションをしてみたいと思います。
※相続の放置についての基本知識はこちらのページに掲載してありますのでまずはお読みください。
ケース①相続の放置が比較的簡単にできる場合
それではまず、相続の放置が比較的やりやすいケースを考えていきます。
相続の放置がやりやすい場面とは、簡単に言えば相続税がかからない場合です。
例えば相続財産が基礎控除内である場合、相続税の申告義務が無くなるため、相続人に負担は生じません。
そのため「相続財産がしばらく入ってこない」ということさえ我慢できれば良いということになります。
ケース①
父80歳、母75歳(重度の認知症で寝たきり)、子50歳の3人家族で父が遺言無く亡くなった場合
父の相続財産は、不動産3500万円、預貯金2500万円(1銀行)のみ
この場合では、母に成年後見人をつけなければ相続手続きは行えません。
しかし父の相続手続きをせずに母が亡くなるまで相続の手続きを放置したらどうでしょう。
相続税の障害者控除を考える
まず相続税を考えてみます。相続手続きが終わっていない場合でも、相続の発生後10ヶ月以内に、法定相続分で相続したとする場合の相続税を申告しなければならないことになります。
この3人家族での基礎控除額は3000万円+(2人✕600万円)=4200万円。相続財産の合計が6000万円なので、基礎控除額を1800万円オーバーしています。
しかし相続税には「障害者控除」というものがあります。
母に重度障害が認められるとした場合は、85歳−75歳(父の死亡時の母の年齢)×20万円(重度の場合)=200万円が控除されるため、支払う相続税をかなり減らすことができます
しかしその他の控除(小規模宅地の特例や配偶者控除)は無申告の場合は利用できませんから、相続税を支払わなくてはならない額は残ります。
ただし、申告時に「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出し、実際に3年以内に申告をした場合は上記の控除を受けることができます。
銀行の仮の引き出し制度を利用する
次に、相続手続き前でも一定額の預金を引き出せるという「遺産分割前の相続預金払い戻し制度」を利用します。
この制度は各銀行ごとに、相続財産の1/3×各人の法定相続分までを単独で引き出せるという制度です。
今回の場合、母と子はそれぞれ2500万円×1/3×1/2=約416万円まで引き出すことができますが、母は自分で有効な手続きをすることができませんので、子のみ416万円を引き出せます。
子はそこから相続税や葬儀費用等を補填できれば、大きな負担無くとりあえずの死後手続きを行うことが可能でしょう。
法務局へ相続人の申告を行う
不動産の相続登記義務化により、相続人は相続があったこと(父が亡くなったこと)を知ってから3年以内に登記をしなくてはならなくなります。
これに違反すると罰則(10万円以下の過料)がありますのでこの問題もクリアしなければなりません。
この相続登記の義務化には、救済措置が設けられています。
不動産を相続する者が法務局に申告することによって、3年以内の登記という義務を仮に履行したことにできるのです。
法務局へ申告することによって、対象の不動産に相続人の付記登記というものがされ、その後母が亡くなってから3年以内に不動産の登記を行えば良いこととなります。
銀行から催促の連絡が来たら…?
預金の相続手続きを放置しておくことにより、銀行から相続人に対して「相続手続きを早くしてください」と催促されることもあるでしょう。
その際は、遺産分割協議がまだ整っていないと言っておくしかありません。
母が寝たきりで手続きができないと言っても良いですが、そうすると銀行は必ず「それではお母さんに成年後見人をつけて手続きしてください」と言ってくるでしょう。
銀行も早く手続きを終えたほうが良いでしょうから「成年後見人を早くつけなければいけませんよ」なんて強引なことを言ってくるかもしれません。しかし成年後見人をつける義務というものはありませんので「はい考えておきます」とだけ言っておきましょう。
以上、あくまで一般論で説明させていただきましたが、これが相続手続きを放置しやすいパターンです。
ケース②相続の放置が難しい場合
それでは次に相続の放置が難しいケースを挙げてみます。
ケース②
先程の3人家族(父、母、子)は同じとして、今度は相続財産の額が大きい場合です。
相続財産は、不動産5000万円、預貯金5000万円とします。
障害者控除を用いたとしても800万円以上の相続税を支払わなくてはなりません。
その他の控除は使えませんので、もし仮に相続ができて普通に申告していた場合に0円だった相続税が、無駄に800万円以上も支払わなければならないとなってしまえば、成年後見人をつけないことが賢明だとは言えません。
どうしても成年後見人をつけないで済ませたいという場合は、800万円以上の相続税を収めることでケース①と同様の流れとなります。
認知症・障害者の相続相談は当事務所へ!
以上、家族に認知症の方がいた場合の相続手続きの放置について解説させていただきました。
相続の放置は相続税との関係が強いため、資産が多い場合はなかなか難しくなってきます。
当事務所では、税理士や司法書士と連携して、認知症や障害者の方が含まれる相続手続きを専門的にサポートしておりますので、ぜひ一度ご相談ください。