名義預金の仕組みを使った相続対策とは?
相続対策には色々なものがあります。
相続対策というのは、親が亡くなった後に残された子のために準備しておくことなどを言いますが、障害者のいるご家庭や認知症の方のいるご家庭では「成年後見人をつけないための対策」もそこに含まれます。
成年後見人をつけないための代表的な対策としては「遺言」と「信託」がありますが、障害のある子や認知症の親がいる家庭での成年後見人対策としては「遺言」が最も効率の良い方法です。
「遺言や信託などを考えるにはまだ早い…」と思っている方も多いでしょう。自分(親として)の年齢が若くても、事故や急病で亡くなってしまった場合、家族はとたんに成年後見人をつけるという道しか残されなくなる「手遅れ相続」の状態となるため、どんなに若くても遺言を残しておくことは必要となります。
しかしどうしてもまだ考える気になれないという方は、今から簡単にやっておける方法(家族ケースによる)というのもあります。それが「名義預金を応用した対策」です。
今回はその名義預金を応用した対策について以下に解説していきたいと思います。
※この記事には税に関する記述が出てきますが、当事務所は行政書士事務所であるため、税に関する相談は税理士事務所をご利用ください。
名義預金を応用した応用した対策
名義預金を応用した対策とはどのようなものでしょう。まずは名義預金の特性を挙げていきます。
名義預金とは?
名義預金とは、自分が他人の名義の銀行口座を作り(作ってもらい)、自分がお金を入れておいた預金のことです。
名義は他人(子など)なのですが、税務の処理上ではあくまでもお金を入れた人の財産としてみなされるのが通常です。
もちろん名義人となっている子などが実際にその通帳やカードを所持し、そのお金を使用していた場合などはその子の財産としてみなされますので、あとは贈与の問題となるだけです。
名義預金というのは、親が子の口座を勝手に作り、勝手に貯金をしていた場合など、あくまでも口座を管理しているのが親の場合を言います。
名義預金の特性とは?
それでは次に名義預金の特性について解説します。
税務上お金を実際に入れた人の財産とみなされる
先程も触れたように、名義預金はその名義人の財産ではなく、あくまでも「実際にお金を入れた人」の財産とみなされます。
そのため、親が子の名義預金を作っていた場合、相続時には親の相続財産として判断されてしまうのです。
よく親が自分が亡くなった時のためにと子の名義預金にお金を残していますが、それは全く意味の無いものとなります。
相続税の手続きでは、子への名義預金は親の相続財産として算定し、相続税を申告することとなってしまいます。
もし本当にお金を残しておきたければ、子の名義で口座を作り、暦年贈与の非課税枠内(年110万円)で入金し、実際に子に通帳とカードを渡しておくといった対応が必要となります(親が亡くなる前に使われてしまうことがありますが…)。
相続時に銀行の手続きが不要
名義預金のもう一つの特性は、「名義預金は相続時に銀行での手続きが不要となる」ということです。
例えば親が子の名義で通帳を作っていた場合でも、銀行から見れば子の通帳としか判断できません。
もちろん相続時に、銀行に「これは親が作った名義預金なんですが…」と言ったとしても、銀行としては親の口座に振り込む処理を行うこともできません(口座は凍結されているため)。
その名義預金が遺産分割協議で他者へ移るといった場合にはそのための手続きを行える余地はありますが、その名義のまま名義人に移った場合には特に何の手続きも行わないこととなります(他の相続人が承知である場合に限る)。
そのため、親が子のために作った名義預金が相続でその子に渡る場合には、「相続税の手続きは必要だが銀行での手続きは不要」ということになるのです。
名義預金の特性を活かした財産移転例
それでは実際に認知症のケースと障害者のケース2例を挙げて名義預金の特性を活かした財産移転を解説します。
認知症のケース
父、母、子の3人家族。母は重度の認知症になっており、その後父が亡くなり、相続が開始された。
母が重度の認知症であったため、子は母に成年後見人をつけなければならないと思っていたが、父の相続財産を調査すると、子名義の通帳が見つかった。
父の相続財産
- 家と土地(計3000万円相当)
- 預金(200万円)
- 子名義の預金(1000万円)
200万円の入った通帳には「葬儀費用などに使いなさい」とメモがはさんであり、またキャッシュカードとその暗証番号が別のノートに記されていた。
子が行わなければならない手続き
非常にシンプルな例を挙げましたが、上記の例の場合、成年後見人をつけずに相続手続きを行うことが可能です。
相続税の申告
まず相続税の申告ですが、この額では基礎控除内に収まりますので基本的には申告が不要となります。
預金や不動産の評価額が高くて、障害者控除を使用しても基礎控除額を超えてしまう場合には相続税の申告(遺産分割協議が未完了による法定相続分での申告)が必要となりますが、その際は正直に子の名義預金は「父の相続財産」として申告しましょう。
遺産分割協議書へ署名ができるレベルであれば、配偶者控除や小規模宅地の特例を使うこともできます(ただしその場合は通常の相続手続きを行うことを目標にしましょう)。
不動産の相続登記
そして次は不動産の登記になりますが、これは「法定相続分での登記」または「法務局に相続人の申し出をした上での登記の放置」を行います。
※相続登記の放置については下記の記事を参考にしてください。
少額の預金
200万円の預金については、父からのメモ通り葬儀費用などに使うことが可能です。キャッシュカードと暗証番号が記載されており、葬儀費用に使ってほしいと書かれていることから、父の委任があったことは確かです。(それでも銀行的にはNGなため、私としては勧めることはできませんが…。)
そのまま残しておき、母の相続時にまとめて子に移すことも可能です。
子の名義預金
子の名義預金については、何もせず子の所有として構いません。
子の名義預金を父の相続財産として相続税の申告をした場合は適正な処理をしているため問題ありませんし、基礎控除内で申告をしなかった場合、後に税務署から尋ねられた際にも正直に話してしまって構いません。
ただし、キャッシュカードが無かった場合や暗証番号が分からなかった場合、届出印が不明な場合などには口座の名義人による所定の手続きが必要となります。
障害者のケース
父、母、長男、次男の4人家族。次男には重度の知的障害がある。
父が亡くなり相続が発生したが、父は長男の名義で預金をしていたことが分かった。
父の相続財産
- 家と土地(計3000万円相当)
- 預金(200万円)
- 長男名義の預金(1000万円)
長男が行わなくてはならない手続き
上記のケースでも、行わなくてはならない手続きは同じです。
長男の名義預金は、父の相続財産として算定すること、銀行上の手続きは不要なことなどです。
ただしこの場合の注意点がありますので、以下に挙げておきます。
不動産は「法定相続分の登記」しか行えない!
今回の例で言えば「登記の放置」は現実的ではありません。
母の年齢は高齢ですが、次男の年齢は長男よりも若いため、次男が亡くなる時まで登記を放置しておくには年月が長すぎるからです(それでも成年後見人をつける時期を遅らせるために未登記のまま粘ることは可能だと思いますが…)。
将来的に不動産の処分を考えていなければ(一生居住用として使う予定であれば)、法定相続分での登記を行っても構わないでしょうが、そうでない場合はやはり父が長男に相続させるという遺言を残しておかなければならないでしょう。
次男名義で預金を残しておいた場合は大変!
長男名義の預金を残していた場合は問題になりませんが、逆に障害のある次男の名義預金を残していた場合には大変です。
よくある間違いとして「障害のある子の将来が不安だからお金を残しておきたい」という親心で障害のある子の名義預金を作ってしまうことが多いようですが、これは全くの逆効果となります。
なぜなら、税務上のメリットも無いですし、銀行としてもそのまま次男名義の預金として扱うほかなくなるからです。
正式に次男名義として扱われてしまうと、キャッシュカードと暗証番号が無ければ誰も手を出すことはできません。事実上凍結された口座となってしまうのです。
名義預金の特性も逆効果を生み出し、銀行でも名義人の承諾が無ければ父の相続財産として戻すという処理ができなくなります。
やっぱり遺言を残しておきたい
以上、名義預金の特性を活かした相続対策について説明させていただきましたが、相続には多くの場合、不動産や株式、車などが含まれる場合があるため、遺言による対策のほうが万全としか言いようがありません。
今回の例はかなり限定的な場面でしか利用することはできないかもしれません。
ただ、「認知症や障害のある方(意思能力に支障がある場合)」名義の預金はリスクがあるということを念頭に置いた財産計画を進めていくことが必要かとは思います。
当事務所では、成年後見人をつけないための遺言作成サポートも行っておりますので、お悩みの方はぜひ一度ご相談ください。