相続登記義務化で今まで可能だった相続手続きの放置はできるのか?
2021年4月21日、「民法等の一部を改正する法律」及び「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」が成立しました。
これにより、今まで行えていた「不動産相続登記の放置」はどうなるのでしょうか。
もし不動産登記の放置が行えなくなると、成年後見人をつけずに相続を行うという手法の一部が取れなくなります。
そのため、今回の改正に伴い、成年後見人をつけざるを得なくなる家族が増えるのかどうかを考察してみたので、該当するご家庭はぜひご参照ください。
相続登記義務化の概要
今回の改正による相続登記の義務化についての概要は以下の通りです。
※法律の詳細については法務省等の情報をご参照ください。
・相続人が土地の相続があったことを知った日から3年以内に所有権移転登記を行わなければならない。
・3年以内に所有権移転登記を行わないと10万円以下の過料が科せられる。
さらに相続とは直接関係がありませんが、住所変更登記も義務化されました。
相続登記の義務化はいつから始まる?
相続登記の義務化については2024年度を、住所変更登記の義務化については2026年度を目処に開始される。
原則3年以内に不動産登記を行わなければ罰則
それでは今回の記事改正によって原則的にはどうなることになるのか。分かりやすい事例を挙げて考えてみましょう。
父・母(認知症)・子の場合の相続登記の放置について
父・母・子の3人家族で母には重度の認知症があります。
この状態で父が遺言無くして亡くなりました。
父の財産は土地と家、そして少額の預貯金のみでした。※相続財産の総額は基礎控除の範囲内とし、相続税の申告義務は無いとします。
現行の法律では、母が認知症のため遺産分割協議ができないとして、母が亡くなるまで相続手続きを行わないことが可能でした。事実上、「今すぐ母に成年後見人をつけて相続手続きを行うこと」と「母が亡くなってから相続手続きを行うこと」を選択できる状態にあったわけです。
しかし、今後相続登記の義務化がなされると、原則父が亡くなってから3年以内に土地の所有権移転登記を行わなければ罰則が適用されてしまいます。ということは「母が亡くなってから相続を行うこと」という選択肢が排除され、「今すぐ母に成年後見人をつけて相続を行うこと」しかできなくなったと考えられます。
※厳密に言うと「法定相続分での登記」という方法もありますが、一旦法定相続分で登記を行い、さらに母の死後相続登記を行うと登記2回分の費用がかかるという問題があります。
ということは、法律の意図しないところで望まれない成年後見制度の利用が促進されてしまったということになってしまいます。
特に母のために成年後見人をつけることを考えていなかった家庭では突然成年後見人をつける必要が生じ、さらに成年後見人申立にかかる費用と手間の負担がのしかかってきます。これは非常に問題です。
不動産登記を放置し続けるためには緩和措置「相続人の申告登記」の活用を!
しかし、法律は今回の相続登記の義務化に関し「緩和措置」を設けました。
何らかの理由で相続登記が行えない場合は「3年以内に自分が相続人であることを法務局に申告する」ことで相続登記を行わないことの罰則を免れることができるのです。
この申告は市民でも簡単に行えるよう手続きはかなり簡略化されていますし、手数料等も低額になることが予定されています。
さらにこの登記は相続人の一人からでも申告できるため、他の相続人に意思能力の無い者がいても他の相続人から行うことができます。
ということは、「事実上今までどおりに不動産の相続手続きの放置は行える」という結論になるのです。
※申告登記をした者だけが罰則を回避できるということになりましたので「実質は3年間のみ放置できる」ということになります。
相続人の申告手続き例
先程の家族の例を用いて相続人申告手続きの例を挙げてみます。
①父が亡くなる
②子が父が亡くなってから3年以内に法務局に自分が相続人である旨の申出を行う
③認知症であった母が亡くなる
④正式な所有権移転登記を行う
このような流れであれば母に成年後見人をつけずに相続登記を行うことができます。
これは対象のご家族は安心できると思います。今回の法改正の目的が「所有者不明土地問題の解決」にあるわけですから、自分が後々相続することを明確に宣言してくれるのであれば国も何も困らないというわけです。
結果として、今までより少し手間が増えただけということになりますが、罰則を受けないという安心感が得られるのは重要ですね。
※申告登記をした者だけが罰則を回避できるということになりましたので「実質は3年間のみ放置できる」ということになります。
知的障害者・精神障害者のケースでも相続登記の放置は可能となる
先程は認知症のケースでしたが、相続人の中に若年の知的障害者や精神障害者が含まれるケースではどうでしょう。例を挙げて検討していきます。
若年の知的障害者が相続人に含まれる場合の相続登記の放置
父・母・兄・弟の4人家族。兄に重度の知的障害があるというケース。
相続財産については土地と建物及び少しの預貯金のみとし、父と母が生前に預貯金の対策をしていたため問題には含めないこととします。
※相続税についても基礎控除内とします
父が亡くなり、その後母も亡くなりました。相続人は兄と弟の2人です。この場合に成年後見人をつけずに土地と建物を移転させるにはどうすれば良いでしょうか。
規則通り考えれば父が亡くなった時(または母が亡くなった時でも可)に弟を相続人として申告しておけば、その登記は何十年後に兄が亡くなるまで有効であると考えられます。
今回創設された相続人の申告登記には特に期限が設けられていないため、半永久的に効果が続くことになるからです。
あまり現実的ではないかもしれませんが、この場合の弟は、「父が亡くなり、母が亡くなり、兄が亡くなってから所有権移転登記をまとめて行う」ということになります。
預貯金等の問題は継続し続ける
ただし、土地についての問題は解決したといえ、「預貯金に関しての問題」はなんら変わりはありません。
土地や建物は正式な相続手続きを行わなくても住み続けることができますが(売却等はできない)、預貯金は凍結されたままになるので活用することはできません。
そのため、2次相続のタイミングまで待つというのが負担になるご家族も多くいらっしゃると思います。
最初の例に挙げた認知症の母親がいるケースであれば、父の生前に遺言を残しておければ母に成年後見人をつけずになおかつ子に預貯金や不動産を移すことができます。
相続税の問題に注意!
総財産が相続税の基礎控除の範囲を超える場合は注意が必要です。
被相続人の死後、10ヶ月以内に相続税の申告を行わなければなりません。
相続税が発生する場合は、相続の放置を行う場合、法定相続分で相続したこととして相続を先払いしなければなりません。
また、3年以内に相続手続きを行わない場合は使用できない控除もあります。
障害者控除や銀行の先払い戻し制度を利用して相続税の対応ができるかどうかを検討しましょう。
相続の放棄ができるかどうかはご相談を!
当事務所では、認知症の方が相続人に含まれる場合の相続手続きや遺言の作成等の手続きを専門的に行っています。今回の相続登記義務化の対処方法を理解したからといって安心せず、今からできる対応方法を検討しておきましょう。