銀行や証券会社は相続人に知的障害者や精神障害者がいても立証を求めない
知的障害者や精神障害者を取り巻く相続手続きについては、制度上の不備や矛盾点がまだまだあります。
一つに、銀行や証券会社では、相続人に知的障害者や精神障害者がいることがわかると、口を揃えて「成年後見人をつけてください」と言います。
意思能力や判断能力の無い方が参加された遺産分割協議は無効となるからです。
しかし場合によっては「うちの子は成年後見制度の利用は必要ない。しっかりと話せるし理解も出来る。」と親御さんが思われている方だって多いと思います。
それでも銀行によっては「成年後見人をつけてください。」の一点張りになってしまうこともあります。そして仕方なく成年後見制度を利用し、後悔しているご家族も多くいらっしゃいます。
相続人を法的に証明する制度は整っている
ちなみに、銀行で被相続人の財産を相続人に移転する手続きを行う場合、相続人であることを証明する書類として、「戸籍謄本等」や「法定相続情報」があります。
これらの書類は「相続人を確定させる」というための証明書類となり、さらに遺産分割協議書と印鑑証明書により、法的に有効な遺産分割協議が行われていることを確認するのです。
この一連の手続きは銀行が勝手に相続人と名乗る人に被相続人の預金を渡さないようにするために行っていることです。
この「相続人を確定させ、遺産分割協議書の法的有効性を担保する」という手法は確実性があり、外部に対してもしっかりとした手続きを行っていることを主張できます。
一方、知的障害者や精神障害者の方、認知症の方の相続に密接な関係がある「成年後見制度」にはこのような担保機能はありません。
本来は整えられていると言えるのですが、運用しようとすると大きな矛盾が出てきてしまうのです。
成年後見制度は契約を有効に成立させる効果があると言われているが…?
成年後見制度は、意思能力や判断能力の無い方の財産を保護する機能もありますが、契約の相手方を保護する機能も備えられています。
契約の相手方は、「成年後見人等に登記されていないことの証明書」の提出を相手方に求め、その提出を受ければ安心して契約を結べるという建前です。
この手続きは、民間企業との契約はもとより、行政への申請等でも積極的に使用されています。
「登記されていないことの証明書」の無力さ
しかし、知的障害者等のご家族をお持ちの方はすぐにこの建前の矛盾点に気付くでしょう。
成年後見制度は本人またはその関係者等からの申請に基づき利用できるものであって、義務ではありません。
そのため、「成年後見等の登記がされていること」自体が稀なのです。
成年後見制度の利用は、自分自身を助けてくれる機能がある反面、自分自身の自由を大きく奪ってしまう機能もあります。
自分の自由を制限する制度を自分自身で適用させる者などいないのです。
そのため、この「登記されていないことの証明書」については、現時点ではあまり有効性があるとは言えないでしょう。
「登記されていないことの証明書」を銀行等が採用すれば家族はかなり助かるはず!
しかし、この手続きは法的にはかなり強い仕組みとなっています。「登記されていないことの証明書」を提出された契約の相手方は、契約者に有効な契約能力があると判断して良いからです。
「意思能力があるか無いかはっきりしない人との契約を有効に行える」ための手続きとして法的に確立されているのはこの方法しかないとも言えます。
しかし相続手続きにおいて、銀行や証券会社等はこれを採用していません。
知的障害等がある相続人の方に対して「登記されていないことの証明書を提出してください」とは決して言わないのです。
「登記されていないことの証明書」を提出すれば、銀行や証券会社等は有効な遺産分割協議書が作成されたと信じて良いことになります。
しかしそうではなく、銀行や証券会社は「成年後見人をつけてください。」と言うのです。
もちろん銀行や証券会社の言い分も理解できます。「登記されていないことの証明書」を提出できる人の中にも意思能力や判断能力が無い方がたくさんいるからです。
成年後見制度の未熟が家族を苦しめる要素ともなり得る
国が用意したこの手続きは、知的障害者や精神障害者、認知症の方達のいる家庭を守ることは出来ていないのが現状です。
知的障害者や精神障害者、認知症の方がいるご家族が成年後見制度を利用しようとしないのは、「現時点で成年後見制度を利用しなくても困っていない」からです。
それを銀行等から「成年後見制度を利用しなさい。しなければ口座は凍結されたままですよ。」と言われてしまうのは筋違いとも思えるでしょう。
本当に使える成年後見制度となるために
国は「成年後見制度利用」を促進するため、追加で立法を行ったり、矛盾点を改善するための動きを行っています。
しかしまだまだ矛盾点が多く、「一部の人を除いて全く使えない制度」と言われてしまうのも分かります。
成年後見制度がどんな方向性を持っているのかは私には分かりませんが、本人はもちろんのこと、その本人を愛するご家族のフォローにももう少し目を向けるべきだと思います。