成年後見人をつけないで相続を行うことは可能か
相続人の中に、知的障害や精神障害、認知症をお持ちの方がいる場合、一般的には成年後見人をつけることが必要と言われています。
しかし、この「一般的に」という説明ですが、必ずしも正しいとは言えません。なぜなら知的障害や精神障害、認知症を持っている方でも成年後見人をつけないで遺産分割協議をすることができる方が多いからです。
相続財産を分けるために必要なのは遺産分割協議ですが、これには意思能力や判断能力が必要です。意思能力や判断能力が無い者が行った遺産分割協議は無効となります。
では、意思能力や判断能力が無いと誰が判断するのか。それは最終的に裁判所となります。そのため、意思能力や判断能力の有無が不確定の状態で遺産分割協議を行っている方が多くいらっしゃるのです。
逆に言えば、遺産分割協議を行えるほどの能力をお持ちの方でも、知的障害や精神障害があると言っただけで成年後見人をつけられてしまうといったケースも多々あるのです。
成年後見人をつけるタイミングは大きく分けて3つ!
成年後見制度は障害者のある方や認知症の方などの権利を守るために大変優れた制度です。しかし、本当に成年後見人が必要かどうかは、その本人の置かれた状況によって違いが見られます。
大きく分けて考えられるのは以下の3つのタイミングです。
・成人となり福祉サービスの契約を行う際に成年後見人をつける
・相続が発生した場合に成年後見人をつける
・誰も面倒を見ることができなくなった場合に成年後見人をつける
それぞれのタイミングで成年後見人をつけることについて検討してみましょう。
【知的障害者等が成年後見人を付けるタイミングについての解説動画】
成人となり福祉サービスの契約を行う際に成年後見人をつける
意思能力や判断能力が無い方が行った契約は無効となります。未成年のうちは親が子にかわって契約を行うことができますが、子が成年になってしまえばそれはできません。
ということは、成年後見人をつけなくてはならない場合の最も早いタイミングは「子が福祉サービスを利用する際」と考えられます。施設利用等の福祉サービスには契約行為が伴うからです。しかし現状はそうではありません。
なぜなら、福祉サービスの契約には「本人名で親が行うことが可能」というおかしな慣習があるからです。
杓子定規で考えるとかなりまずいことなのですが、逆に「福祉サービスを利用する際は、親がいても成年後見人が必要となる」ということが一般的となれば、知的障害や精神障害をお持ちの方のいる家庭は大混乱に陥ってしまうでしょう。
なぜなら、多くの人が20歳から成年後見人をつけなければならなくなってしまうと、成年後見人の数も足りませんし、第一成年後見人や成年後見監督人に支払う報酬は膨大なものとなってしまうからです。
20歳から80歳で亡くなるまで成年後見人をつけることを考えると、60年間で1400万円以上を支払うことになります。これは知的障害者等のいるご家庭には大変不条理な負担だと考えられます。
そのため、ある意味本人保護に反する慣習ではあるのですが、今までの慣習がすぐになくなることはないでしょう。
もちろん、親が亡くなったタイミングや兄弟が亡くなったタイミングで成年後見人等をつけることが必要になることもあります。そこは福祉サービス側の判断に委ねられているという現状があるため、一概に必要になるか否かということは言えません。
相続が発生した際に成年後見人をつける
これは一番スタンダードなタイミングと言えるでしょう。しかし冒頭でお話したとおり、「一般的に」と言うには間違っているかもしれません。
なぜなら、多くの家庭で「成年後見人をつけない遺産分割協議」が行われているからです。
それが、正しいのかどうかを判断することは私にはできませんが、現実に多くのご家庭で「グレーゾーン相続」が行われていることは事実です。
そもそも意思能力や判断能力の無い方の保護を図るために作られた成年後見制度ですが、この制度が作られたのは2000年と案外最近のことです。
もし意思能力や判断能力の無い者が相続を行う場合は成年後見人をつけなければならないということが一般的であるならば、現状の成年後見制度の利用者数はこんなものではないでしょう。
そもそも成年後見制度の無かった時代には、意思能力や判断能力の無い者がいたとしても何の疑問も持たれずに遺産分割協議が行われていたはずです。
「法は家庭に入らず」という言葉もありますが、成年後見制度が作られたことで、家族関係に少なからず影響を与えている部分もあるのです。
ただし、通常通りに遺産分割協議を行うことについては、大きなリスクもあります。全く知識が無くこの手法を取ってしまうことはお勧めできません。
誰も面倒を見ることができなくなった場合に成年後見人をつけるのがベストのタイミング!
この部分が最も成年後見制度本来の力が発揮されるところだと思います。もちろん法制度的には福祉サービスとの契約や、遺産分割協議も重要な要素となっているのですが、一番の目的は「本人の保護」です。生活保護などの社会保障制度とあいまって本人の生活の保障をします。
この時点で成年後見人をつけることは、本人の財産の減少を少なくする効果もあります。
「親亡き後」、残された子本人の年齢がある程度高くなってから成年後見人をつけることで成年後見人に報酬を支払う期間をできるだけ短くできるのです。
とはいえ、本来成年後見制度は自分や家族の任意で利用するタイミングを決めるものではありません。しかし、利用しなくても良い場合にまで成年後見人をつけてしまったことでのトラブル例もありますので慎重に考える必要があるでしょう。
成年後見人をつけない相続の方法にはどのようなものがあるのか
意思能力や判断能力をお持ちでない方が相続人にいる場合でも、成年後見人をつけないで相続を行う方法はあります。それは「法定相続分」で遺産分割を行う方法です。
全ての財産を法定相続分で分ける。子2人のみが相続人で親1人が亡くなった場合はちょうど半分ずつです。
成年後見人をつけないで正当に相続を行う方法を取りたいのであればこういった手法を選択することも可能なのですが、この方法ではたくさんの弊害が生じます。
※平成28年の判例により、相続人の一人から自分の法定相続分の払い戻しを受けることは難しくなりました。
法定相続分での相続は使い勝手が悪い
不動産を共有にする。預貯金を半分ずつ分ける。こういった方法で遺産分割を行った場合のその後を予想してみましょう。例1:親1人が亡くなり、相続人は長男と次男の子2人。長男は重度の知的障害があり、財産の管理ができない。
なんとか成年後見人をつけずに相続を終えましたが、次男は長男の面倒をこれ以上見ることは難しいと判断し、長男を施設に入所させ、成年後見人をつけることにしました。
しかし、こういった場合、次男は今後一切長男の財産に関与することができなくなります。成年後見人が長男の財産を管理することになるからです。
次男が不動産を売却したくなっても、次男の判断だけでは勝手に不動産を売却することはできません。長男との共有となっているからです。
また、長男の預貯金について、長男が障害年金やその他の補助等を受けながら預貯金をほとんど減らすことなく生活できていた場合、次男が先に亡くなってしまうと、他に相続人がいなければ(配偶者や孫では駄目です)その財産は最終的に国庫に帰属することになります。
※その他、相続財産が不動産のみの場合は「相続登記の放置」という方法も考えられます。
意思能力等の有無がはっきりしない場合に成年後見人をつけないで遺産分割協議を行った場合のデメリット
意思能力や判断能力の有無がはっきりしない場合でも成年後見人をつけずに遺産分割協議を行うことは可能です。
なぜなら、成年後見人をつける・つけないは、遺産分割協議の有効無効にのみ関係するからです。ここが難しいポイントです。
「知的障害や精神障害を持っている者は遺産分割協議をしてはならない」という法令があれば、医師の診断を受けている知的障害者等が遺産分割を行うことはできなくなるでしょう。違法となってしまうからです。しかし、そのような決まりはないため、知的障害や精神障害をお持ちの方が遺産分割協議を行うことは可能なのです。
その場合には、行われた遺産分割が無効か有効かがはっきりしていない状況となるだけです。とはいえ、ここが一番心配な部分となるでしょう。
※ただし、明らかに意思能力が無いと判断できる場合や代筆による遺産分割協議書の作成をしても無効となります。
実は成年後見人をつけない遺産分割協議が無効となる場合は少ない?
ではそのように「遺産分割協議が有効か無効かがはっきりしていない状況」となっている場合、その有効無効はいつはっきりするのでしょうか。
実はほとんどのご家庭の場合、「はっきりしないまま終わる」のです。
例えば、成年後見人をつけずに遺産分割を行った母と子2人(1人は重度の知的障害者)の計3人がいた場合、その後母が亡くなり子2人でさらに成年後見人をつけずに遺産分割を行ったと考えましょう。
有効無効がはっきりしていない遺産分割協議が2回あると考えられますが、その後障害のある子がなくなった場合にはその有効無効が判断されないまま終わることとなるでしょう。なぜなら、よほどのことがない場合、遺産分割の有効無効に口を出してくる外部の者はいないからです。
しかしながら、上記のケースで逆に障害の無い子が先に亡くなり、その後成年後見人がついた場合はどうでしょう。成年後見人が障害のある子の権利を主張するためにかつて行われた遺産分割協議の無効を主張することは考えられます。
その場合は、「障害のある子の権利がしっかりと守られているのか」ということがポイントになると思います。本来の相続分が著しく侵害され、障害のある子の生活の保障もおびやかされている状況であれば、成年後見人は裁判を起こしてまで遺産分割協議の無効を主張するかもしれません。遺産分割協議無効確認の訴えを起こし、かつての相続を掘り返して遺産分割協議をやり直すということも理屈上では十分可能だからです。
そのため、意思能力等の有無が判断できないような知的障害者や精神障害者が相続人に含まれる場合の相続は大変難しいと言われているのです。
安易に成年後見人をつけることも地獄、成年後見人をつけずに相続を行うことも地獄、といった状況もご家庭によってはありえます。この判断は専門家であっても難しいものとなるでしょう。
成年後見人をつけない相続は「遺言」による対策に勝るもの無し!
成年後見人をつけない相続対策は「遺言」に勝るものは無いでしょう。
有効な内容の遺言があれば、残された家族は苦労しなくても良くなる場合がほとんどです。
しかし遺言の内容について誤った手段を取ってしまうと、結局相続の際に成年後見人をつける必要が出てしまい、全くの無駄に終わる可能性もあります。
遺言の内容については、障害者・認知症の相続を専門的に取り扱っているところへの依頼をおすすめします。
【遺言に関してのお役立ち記事】
成年後見人をつけない相続を行う場合は専門家に相談を!
知的障害や精神障害をお持ちの方が含まれる相続を行う場合、成年後見人をつける前にまずは専門家に相談することが重要です。安易に自分たちの考えだけで行動するのは避けましょう。
なぜなら、取った選択一つでその後のご家族の状況が一変する危険性があるからです。「こうなるならやらなきゃ良かった…」ということになってしまうご家族も多くいらっしゃいます。
相続手続きを行わなければ亡くなった方の財産を次世代に承継することはできません。しかし、相続の手段については取り得る選択肢がたくさんあるのです。専門家にご家族の状況等を説明し、取り得る選択肢を多く提供してもらうことがトラブルのない相続を進めるために大変重要となるのです。
行政書士花村秋洋事務所では、全国の方達の「障害者専門の相続手続機関」としての機能も備えております。社会福祉法人で20年間勤務し、障害者や高齢者の福祉現場に多く携わってきた経験を持つ専門家に一度相談なさってみてください。
【知的障害者が相続人に含まれる場合に成年後見人をつけないで相続をおこなうことができるのかについて動画で解説しています】
「障害があるから成年後見」の判断は絶対にいたしません。一律にこの判断を行ってしまった専門家が多くいたことで、苦しむことになってしまったご家族がたくさん生み出されてしまったという事実があることを知っているからです。
「障害のある方とそのご家族を含めた支援」を目指している当事務所では、成年後見制度を利用する判断や、そのメリット・デメリットを丁寧に説明いたします。まずはお電話・メールのみでも結構ですのでご相談をお待ちしております。
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