知的障害者等の相続に本当に成年後見人が必要かを考える
成年後見制度の認知度も上がり、利用される方も徐々に広がりつつあります。
成年後見制度は、意思能力のない方の財産を守り、安心して生活を送っていただくにはとても有効な制度です。
契約や遺産分割協議などの法律的な行為は後見人が代わって行ってくれるため、トラブルを避ける効果もあります。
では、知的障害者や精神障害者が相続人にいる場合、相続手続きを行うにあたっては成年後見制度を利用しなければならないのでしょうか?
ほとんどの方が「YES」と答えてしまうかもしれません。専門家の中にも「YES」と答えてしまう方も多いようです。
しかし、答えは「NO」です。もっとも、もちろん利用しなければならないケースもあるのですが、「必ず利用しなければならない」という考えは間違っているのです。
今回は、相続人の中に知的障害者や精神障害者がいた場合の相続手続きについて、いくつかの例をご紹介いたします。
知的障害や精神障害があっても成年後見制度を利用しなくても良い場合がある?
成年後見制度は「意思能力や行為能力に欠ける者」が利用する制度です。
また、意思能力等の程度によって、保佐や補助という制度もあります。
しかし、知的障害や精神障害があっても意思能力や行為能力のある方は多くいるわけです。
相続手続きなどを生業としている専門家の中には「知的障害・精神障害=意思能力や行為能力無し」と考えてしまう方も多いため、そういった誤解を生んでしまうのかもしれません。
しかし、「知的障害・精神障害=意思能力や行為能力無し」ではありません。
知的障害や精神障害をお持ちでも、しっかりとしたコミュニケーションを取れる方は多いですし、私よりも頭の良い方だってたくさんいらっしゃいます。
また、精神障害をお持ちの方で普段は通常の会話ができない方でも、会話ができたり判断ができたりする波がある方もいるでしょう。
そのため、そもそも知的障害者や精神障害者が遺産分割協議をすることができないという一般論は必ずしも正しいとは言えず、個別的に検討することが必要なのです。
本来ならばまだ成年後見制度を利用しなくても問題なく過ごせていても、相続をきっかけとしてやむを得ず成年後見制度を利用するご家庭も多く見られます。
成年後見制度はとても有効な制度なのですが、トラブルの元となってしまった例も寄せられています。
成年後見制度を利用するための費用の問題
まず、費用の問題。成年後見制度を利用するにあたっては、手数料などで5〜10万円、専門家への報酬で10万円位はかかります。これは初期費用と考えられます。
また、そこから継続的に後見人(及び後見監督人)に支払わなければならない報酬として2〜5万円程度です。
ゆくゆくは成年後見制度を利用しようと考えてはいても、そのスタート時期によっては大きく出費額が違うわけです。
10年間で400〜600万円程度差が出てきてしまうかもしれません。成年後見制度を開始すると途中でやめることはまずできないため、一生かかる費用となります。
もし10年間成年後見人をつけずに今までどおり親や親族がサポートしていくことができれば、その費用を将来のために上積みすることも可能です。
成年後見人の個性によって大きな差が出る
また、成年後見人がついたことで全てが安心できない場合もあります。
成年後見制度は、後見人によって大きく差が出てしまうリスクのある制度です。専門家によっても違いますし、親族等によっても事務の処理能力などで大きな違いが出るでしょう。
単に「専門家」と言えども、法律や手続きなどのプロではあっても、障害や福祉などに知識や理解のない専門家もいると思います。
成年後見人の業務、「被後見人の身上監護」についても、内容には大きく幅があります。
福祉施設で生活を送る被後見人の場合、本人の様子をよく見て状態に合わせた福祉サービスの内容を検討してくれる後見人もいるでしょうし、全てを福祉施設に任せ、被後見人と顔を合わせる機会を全く持たない後見人もいるでしょう。
法定後見制度では、裁判所が成年後見人となる者を一方的に決定してしまう(もちろん本人の周囲の状況を勘案してですが)ため、いわゆる「貧乏くじ」を引いてしまう可能性も無いとは言えません。
また、一旦成年後見人がつくと、アバウトな金銭管理は出来ません。
本人のために使うお金であっても、家族が勝手に銀行から引き出して使うということは不可能となります。
特に家族や市民後見人の場合、制度の趣旨もよく理解出来ず、悪気はないのに不当な財産処理として指摘されてしまうこともあります。今までのように本人のために良かれと思って使用した費用が、不当な財産処分とみなされてしまうことにショックを覚えてしまうご家族も多くいます。
また、成年後見人をつけたからといって遺産分割協議が自由に行えるわけでもありません。
遺産分割協議には後見人も参加させなければ無効となりますし、その内容についても被後見人の相続分は法定相続分以上にしなければなりません。
結局は費用と手間がかさみ、生活状況ががらっと変わってしまうご家庭もあるでしょう。
このように成年後見制度は、軽はずみに利用を開始できるような簡単なものではないのです。
意思能力や行為能力の証明は必要?
しかし、家族から見て意思能力や行為能力があると判断したからといっても客観的に見た場合に判断能力がないと思われてしまうこともあるかと思います。
まず、相続手続きにおいて、意思能力や行為能力を証明しなくてはならない場面は基本的にはありません。
戸籍に障害がある旨なんて記載されているわけがありませんし、障害があったところで、その障害の程度が遺産分割協議を行えるレベルか否かなんてことを証明する制度などないのです。
そのため、何事も無ければ相続手続き自体は行うことができるのです。
では、どんなことが問題となってくるのか。
相続手続きに意思能力を証明しなくてはならない場面は原則無いと言いましたが、手続き外の所でトラブルとなるケースが考えられます。
意思能力等の無い者が遺産分割協議に参加した場合、その遺産分割協議は無効となります。
無効となった場合は、その遺産分割協議書通りに遺産を分割しても、やり直さなければならない可能性も出てきます。
無効を主張する際の期限はありませんので、いつでも無効を主張されてしまう可能性はあるわけです。
10年前に行った遺産分割が無効となってしまった場合は大変です。すでに処分してしまった財産もあるでしょうし、売却してしまった不動産を取り戻す手続きは困難を極めます。
しかし、その無効はどうやって主張されるのかというと、「裁判」です。原則的には誰かが裁判で「遺産分割協議無効確認の訴え」を起こさなければなりません。誰が裁判を起こすのかというと、本人や本人についた成年後見人などが想定されます。
では、そんな人がいなかった場合、誰もその遺産分割協議にいちゃもんをつける人はいないということになります。そんな場合であれば、何事も起こらなくて済むかもしれません。
しかし揉め事が将来的に起こらなそうな家庭でも、万が一に備えて準備はしておきたいものです。
万が一の備えとしての対策はいくつか考えられますが、そのご家庭ごとに対応策が違い、周囲の状況などによっても違います。ケースごとの検討が必要となります。
また、明らかに意思能力や行為能力が無い方であっても成年後見制度を利用せずに相続を行うことができる場合もあります。
成年後見人をつけることが必要と判断したご家庭であっても、障害や福祉に精通した信頼できる後見人についてもらうには取るべき手法があります。
当事務所では、相続のためにやむを得ず成年後見制度を利用しようとお考えの方達をサポートしております。他に取るべき手法があったにも関わらず、言われるがままに成年後見人等をつけてしまい、後々後悔するといったケースも多く見られますので、十分に考えた上で実行に移しましょう。
上記のケースでお困りの方は、一度ご相談ください。取り得る最良の手段を一緒に考えさせていただきたいと思います。
障害者専門の相続手続・カウンセリングを行っています【知的障害・精神障害等】
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