障害のあるお子さんをお持ちの親御さんにとって、自分が亡くなった後の「親なきあと問題」は極めて深刻で切実な悩みです。その対策として「自分が元気なうちに遺言書を作っておこう」と、早い段階から備えを始められる素晴らしい親御さんも増えています。
しかし、せっかく我が子を想って作ったその遺言が、「障害者相続のリアルな実務」を知らないばかりに、親なき後にお子さんや家族をかえって追い詰める結果になってしまう事例が多発しています。

福祉の現場と法律の実務(特に障害者や認知症患者の相続手続き)を専門的に取り扱ってきた立場から言わせていただくと、一般的な「きれいに等分に分ける遺言」や「親心に基づいた財産配分」は、障害のあるご家庭においては致命的な失敗を招くリスクが潜んでいます。
今回は、多くの親御さんが良かれと思って陥りがちな「①障害のある子に多く相続させてしまう」「②障害のある子に不動産や有価証券を相続させてしまう」という2つの間違った遺言内容について、その問題点と、今すぐ実践すべき「遺言の修正方法(対策)」を解説します。
①障害のある子に「多く相続させてしまう」という間違った遺言
「障害のある子は自分で稼ぐことが難しいから、健常なきょうだい(または他の親族)よりも多くお金を残してあげたい」。 そう考えて、遺言で障害のある子に大半の預貯金を相続させる内容(例えば、長男に3000万円、次男に1000万円など)にしてしまう親御さんは非常に多いです。
意思能力(判断能力)の不十分な重度の知的障害や精神障害があるお子さんに、遺言で多額の現金を直接相続させたとしても、本人は自分でその口座からお金を引き出して使うことができません。
結果、その多額のお金を本人の生活費や施設利用料として引き出したり解約したりするためには、家庭裁判所に申し立てて「成年後見人」をつけざるを得なくなります。
障害のある子に多くお金を残したほうが良いのかどうかは「障害年金受給の有無」によって判断する必要があります。

障害のある子が障害年金を受給している(できる見込みの)場合、将来に向けてあまり大きなお金は必要ありません。毎月の障害年金で施設利用料をまかなえてしまうことが多いからです。障害年金を受給している子に多くお金を残しても、結局はほとんど使わないで亡くなってしまうことになります。
💡 対策(遺言の修正方法)
この悲劇を避けるための正しい対策は、「障害のある子には直接多額の財蓄を残さず、本人の世話をしてくれる健常な兄弟姉妹(きょうだい)に財産を多めに相続させる」内容に遺言を修正することです。
「将来、このお金から、障害のある兄弟の生活をしっかりサポートしてほしい」と託しておく(本人のために管理する)ことで、成年後見人をつけずに家族の裁量で柔軟にお金を使える仕組みを作ることができます。
ただし、遺言を修正する際には、以下の2つの重要な実務ポイントを守る必要があります。
- 「障害者控除」を利用するため、本人の相続分は「少額の現金」にする: 相続税がかかるご家庭の場合、税額を大幅に減らせる「障害者控除」という非常に強力な制度があります。この控除枠は、障害のある本人が使い切れなければ、扶養義務者(健常なきょうだいなど)に引き継いで全体の税金をゼロにすることも可能です。 しかし、本人の相続分を完全に「0円」にしてしまうと、障害者控除は一切使えなくなってしまいます。 そのため、遺言を修正する際は「0円」にするのではなく、不必要な署名や銀行手続き(口座開設)が発生しないよう「本人の相続分は『現金10万円(または少額)』とする」と指定し、残りの大半を健常なきょうだいに相続させる内容にします。現金であれば、手続きで本人が窓口に赴く必要がなく、安全に障害者控除をフル活用できます。

- 必ず「遺言執行者」に健常なきょうだいを指定する: 遺言には必ず、手続きを代表して行う「遺言執行者」を指定してください。これが指定されていないと、結局、相続発生時の銀行手続きに相続人全員(障害のある子を含む)の関与や確認が求められ、成年後見人をつけざるを得なくなってしまいます。
②障害のある子に「不動産や有価証券を相続させてしまう」間違った遺言
「親が亡くなった後も、この子が住む場所に困らないように、実家の名義をお姉ちゃんと障害のある弟の共有名義(1/2ずつ)にしておこう」。 「不労所得で生活を支えられるように、所有している株式や投資信託を我が子に相続させよう」。 これらも一見、子どもの生活基盤を守るための温かい配慮に思えますが、実は不動産や有価証券などの重要財産を障害のある子に相続させることは「最大のフリーズ(凍結)原因」になります。

不動産の売却や建て替え、賃貸、あるいは株式などの有価証券の運用・解約には、非常に高度な判断能力(意思能力)が法的に求められます。
たとえ、障害のある子の持分が「わずか1割(1/10)」であっても、本人の有効な意思表示(同意)がなければ、不動産全体を売却することは法律上できません。不動産業者も一切取引に応じてくれません。
この「フリーズ(凍結)」状態を打破しようとすれば、やはり成年後見人をつけるしかありません。 しかし、成年後見人をつけたからといって、不動産が簡単に売却できるわけではありません。 成年後見人が本人の自宅(居住用不動産)を売却するには、家庭裁判所の特別な許可が必要であり、裁判所は「本人の生活に本当に売却が必要か(施設費用が完全に不足しているなど)」を極めて厳格に判断します。
「本人の手元にまだ十分な現金がある」「きょうだいの都合で実家を整理したいだけ」といった理由では、裁判所の売却許可はほぼ下りません。結果として、誰も住まなくなった実家を処分できず、固定資産税や管理費だけを健常なきょうだいが払い続けながら、本人が亡くなるまで一生放置(塩漬け)せざるを得なくなるリスクが残ります。有価証券も同様に凍結され、株価の暴落があっても塩漬けするしかなくなります。

特に有価証券においての実務上の相続手続きは、「相続する証券会社と同じ会社で新たに口座を開設すること」です。
ということは、相続時に口座を開設できる意思能力が無ければ有価証券を相続することはできず、直ちに成年後見人を要することになってしまいます。これは実際に相続手続きを行ったことがある者でなければ知る由もありません。
💡 対策(遺言の修正方法)
重要財産の所有権や持分を、意思能力のない障害のある子に持たせることにはリスクがあります。 遺言は、以下のように修正する必要があります。
- 「不動産や有価証券などの重要財産は、すべて健常なきょうだいに『単独名義』で相続させる」: 実家や土地、株式、投資信託などは、将来の売却や運用をスムーズに行える健常なきょうだいに100%単独で引き継がせる内容に修正します。
- 財産のバランスは「代償分割」や「生活のサポート」で調整する: 「お姉ちゃんだけに家を相続させるのは不公平ではないか」と心配される場合は、遺言内で「実家はお姉ちゃんが単独で相続する代わりに、お姉ちゃんから障害のある弟に対して、生活費などの実費(代償金)を将来にわたって必要に応じて支払う」という「代償分割」の仕組みを活用します。これであれば、不動産の名義は健常なきょうだいに一本化されるため、いつでも適正な価格で売却でき、その売却代金をお子さんの今後の介護・生活資金に柔軟に充てることが可能になります。また代償分割を用いれば、障害の無い兄妹が証券口座を開設する手続きを踏むことで足ります。
まとめ:あなたの作った遺言、もう一度「障害者相続の目」で見直しませんか?
親御さんが「良かれと思って」作成した遺言が、法律や税務の落とし穴、そして福祉の現場の実態を知らないままだと、親なき後にお子さんや残されたきょうだいに多大な金銭的・心理的負担を強いる結果になってしまいます。
遺言書は、一度作れば安心というものではありません。
- 障害のある子の相続分を「多額の預貯金」にしていないか?
- 不動産や株式に障害のある子の名前(共有名義)を書いていないか?
- 「遺言執行者」や、万が一のきょうだいの先死亡に備えた「予備的受任者(予備者)」を正しく設定しているか?
元気な「今」だからこそ、作成済みの遺言、あるいはいま考えているプランが本当に我が家にとって最適か、もう一度「障害者相続専門」の目で見直すことが極めて重要です。
当事務所では、長年の福祉現場でのケア経験と、全国的にも数少ない「障害者・認知症相続専門」の強みを活かし、ご家庭の状況に完全に寄り添った「遺言修正(見直し・修正支援)」を行っております。 ご自身や自分の親御さんの遺言について「せっかく書いた遺言書、本当にこれで大丈夫かな?」と少しでも不安を感じられたら、大切な財産が無駄な費用に消えてしまう前に、ぜひ一度お気軽に当事務所までご相談ください。



