近年、インターネット上の記事をはじめ、金融機関のパンフレット、あるいは一部の専門家が開催するセミナーなどで、「親なきあと対策」という言葉が多くみられます。
障害のあるお子様を持つ親御さんにとって、自分たちが亡くなった後、残された子どもが安心して生活していけるかどうかは最も深刻で切実な悩みです。藁にもすがる思いで情報を集め、プロのアドバイスに従おうとするご家族は少なくありません。

しかし、全国でも珍しい「障害者・認知症専門の相続」を長年サポートしてきた当事務所の視点から見ると、そうした場で語られている対策の一部に、強い違和感、あるいは明確な「間違い」を感じるものがあります。福祉の現場の現実を知らないまま、法律や税務の表面的な知識だけで推奨されている対策が、必ずしも正解とは言えないからです。
今回は、親なきあと対策の中でも特にご相談の多い「贈与」という1点にテーマを絞り、巷で推奨されている間違った対策と、ご家族が本当に取るべき正しい対策について詳しく解説していきたいと思います。
※当事務所は行政書士事務所ですので、あくまでも連携している税理士との経験で得てきた知識を一般的な情報として提供しています。
間違った贈与対策:障害のある子への暦年贈与
インターネットや専門家の講演などでよく見かける親なきあと対策の中で、私が特に危険だと感じているのが「障害のある子どもの名義の口座へ、暦年贈与(年間110万円以下の基礎控除内での贈与)を利用してコツコツとお金を移しておく」というものです。
「将来、親がいなくなった後に子どもがお金に困らないように」「非課税の範囲で少しずつ財産を渡してあげよう」と、親心からせっせと子名義の口座に振込や入金を行っているご家庭は非常に多いです。
一見、税金もかからず、子どものために資産を残せる完璧な対策のように思えますが、実はこれには大きな罠が潜んでいます。

最大の落とし穴は、それが「名義預金」とみなされてしまうリスクが高いという点です。
名義預金とは、口座の名義こそ子どものものになっているものの、通帳や印鑑の管理を親が行っており、実際にはその子どもが保有している預金ではないと税務署に判断されてしまう預金のことです。たとえ暦年贈与の制度を使ったとしても、実態が伴っていなければ名義預金となってしまいます。
もし、お子様自身に自分の財産を管理する能力がない、あるいはその意味を理解していない場合、たとえ毎年贈与契約書を作っていたとしても、意思能力がない者の契約として法的には無効とみなされる可能性が高いのです。
障害のある子へ暦年贈与を行ったとしても、額が大きければ大きいほど、親が亡くなった際の相続税調査で税務署から「これは実質的に親の財産(名義預金)ですね」とみなされる可能性が極めて高くなります。
税務署から名義預金と判定されれば、長年かけて子どもの口座に移したはずのお金は、すべて親の財産に戻されて親の相続税の計算対象となってしまいます。これでは、親が親名義の口座でお金を貯めていたことと何ら変わりがなく、時間と労力をかけた意味が全くありません。
さらに厄介なのは、税務署からの指摘を逃れ、その預金が「子どもの財産」として認められた場合です。将来、いざそのお金を生活費などで引き出そうとした時に、本人に意思能力がないと銀行に判断されれば、口座が凍結されてしまいます。
結果として、引き出すためだけに家庭裁判所に申し立てて成年後見人をつけざるを得なくなったり、家族が成年後見人になることで成年後見監督人が就くことになったりします。一度成年後見人がつけば、本当にお金が必要な時に家族の判断で自由にお金が引き出せないという深刻な事態に陥ります。
そして障害のある子に多額の貯金が貯まった状態で成年後見人がつくことは、成年後見報酬を多く支払うことにもつながります。
なぜなら成年後見報酬は、被後見人の財産額も考慮して決められるからです。

頑張って貯めたお金が成年後見報酬を高くし、さらには自由に使えなくなるということは、「成年後見人に支払うお金を払うために貯金していたこと」になってしまいます。
もちろん後見業務の内容や難易度に応じて報酬が変わるのは納得がいくことでしょう。しかし単に財産額が高いだけで内容が同じ場合では、報酬を高く支払う意味がわからなくなってしまいます。
以上のことから、贈与や貯蓄は一律に効果があるのではなく、まずは自分のお子さんの障害の程度が適しているかを十分に検討してから行わなければなりません。
この点をしっかりと説明せずに、単に「親なきあと対策」として情報を流している例が多いことは問題だと思います。
正しい対策①:障害のない健常者の兄弟への暦年贈与
では、親なきあと対策として「贈与」を有効に活用するためには、どうすればよいのでしょうか。 正しい対策の基本は、「障害のある子に貯金をしない(贈与しない)」ということです。
どうしても生前のうちに財産を移転しておきたい(贈与したい)と考えるのであれば、障害のある子へ贈与するのではなく、「障害のない健常者の兄弟」に暦年贈与をする必要があります。
健常者の兄弟であれば、自分自身の意思で口座を開設し、通帳や印鑑を自ら管理して預金を自由に使う能力があります。そのため、贈与の事実が客観的に認められやすく、税務署から名義預金と指摘されるリスクを大幅に回避することができます(ただし毎年同額を同じ時期に贈与しない→相続税逃れの計画的贈与とならないように注意が必要です)。
親なきあと対策の本質は、本人の名義でお金を持たせることではありません。「できるだけ成年後見制度から離れ、家族の裁量で柔軟に財産を守り、本人のために活用するか」です。
障害のない健常者の兄弟家族にしっかりと資金を移転しておき、「将来、親が亡くなった後は、このお金を使って障害のある兄弟の生活をサポートしてほしい」と託すこと。これが、残された家族全員が困らずに済む、真の親なきあと対策となるのです。
正しい対策②:障害者控除を正しく活用し、家族全体の負担を減らす
ここでよく聞かれるのが、「健常者の兄弟にばかり財産を贈与したり、相続させたりすると、健常者の兄弟に多額の贈与税や相続税がかかってしまうのではないか?」という心配の声です。
確かに、多額の財産を健常者の兄弟に集中させると、支払う税金は高くなる傾向があります。しかし、相続税に関しては強力な味方となる「障害者控除」という制度があります。
相続税における障害者控除額は「(85歳ー被相続人死亡時の障害者の年齢)×10万円(特別障害者は20万円)」です。
実は、障害者控除は障害のある本人しか受けられないと思われがちですが、本人の控除額が余った場合(控除の上限に達しなかった場合)、その余った枠を他の相続人(扶養義務者である健常者の兄弟など)が引き継いで利用することができるのです。計算上、障害者控除を用いた後に基礎控除額内に収まった場合は、相続税の申告義務自体がなくなるほど使い勝手の良い制度です。また、障害者控除額が使いきれなかった場合は、次回の相続にも持ち越せます。
ただし、ここで一つ重要な注意点があります。「障害のある本人の相続分が0円の場合、障害者控除は一切使えない」ということです。つまり、すべての財産を健常者の兄弟に渡してしまうと、この強力な控除が使えなくなってしまいます。

そのため、正しい対策としては、遺言を作成し、「障害のある子には相続財産の一部のみを相続させ、残りの大半の財産を健常者の兄弟に相続させる」という形をとります。使い勝手の悪い不動産などを渡すことはトラブルの元となるため、必ず「お金(現金)」を指定することがポイントです。これにより、相続時の成年後見人のリスクを回避しつつ、健常者の兄弟も障害者控除の恩恵を受けることができ、家族全体の税負担を大幅に減らすことが可能になります。
さらに、将来の生活資金を確実なものにしたいと考える場合の生前の対策として有効なのが、「子の配偶者や孫への暦年贈与」です。 健常者の子本人だけでなく、その配偶者(お嫁さんやお婿さん)や、孫に対して暦年贈与を行うことで、財産の移転先を分散させることができます。これにより、親の相続財産を減らしつつ、障害のある子をサポートしてくれる家族の「世帯全体」としての資産を増やしておくことが可能です。
※さらに相続時精算課税制度の利用も可能ですが、相続時精算課税制度は適用要件等が複雑なため、税理士にご相談ください。
ただし、この場合も「名義預金」とみなされないよう、細心の注意を払う必要があります。子の配偶者や孫へ暦年贈与をする際は、できれば毎回「贈与契約書」を作成し、双方の署名・押印を残すこと。そして、受贈者(もらった側)が自分で通帳や印鑑を管理し、自由に使っている実績を作ること。後日、税務署の調査が入った際に、契約書などの客観的な証拠を残して明確に説明できるようにしておけば安心感が高まります。
まとめ:節税よりも家族の「使いやすさ」を優先する
インターネット上や巷のセミナーには、「非課税枠を使い切りましょう」「障害のある子のために少しずつ貯金をしましょう」といった、聞こえの良いアドバイスがあふれています。しかし、それらは障害者のいる家庭で実際に起こりうるリアルな問題(名義預金化、口座凍結、成年後見人の管理)を考慮していないものもあります。

自分の家庭の状況を鑑みないまま、専門家や金融機関の言うままにするのは大変危険です。間違った贈与を行えば、税務署から名義預金と認定されて多額の税金を課されたり、家族のお金でありながら家族が自由に使えないという事態に陥ってしまいます。
親なきあと対策で本当に大切なのは、税金をゼロにすることではなく、「家族の枠組みの中で、障害のある子のために柔軟にお金を使える仕組みを残すこと」です。
はっきり言って、贈与税がかかることは仕方のないことと考えるのも手だと思います。数百万円の節税のために数千万円を無駄にする結果のほうが怖いのです。(贈与税がかからないよう障害のある子に数千万円貯めたのに、成年後見人が就いたことで自由に使えなくなってしまうなら、健常の兄弟家族に贈与して数百万円の税金を払ったほうが得なこともあります。)
障害のある子が自分でお金を管理できない状態であるならば、代わりに健常者の兄弟に適切に贈与を行っていく。そして相続においては、少額の現金を障害のある子に残すことで障害者控除の枠を最大限に活かし、残りの財産を健常者の兄弟に託す。必要に応じて子の配偶者や孫へも贈与を行って、家族全体で障害のある子をサポートできる体制を整える。
表面的なアドバイスに流されず、現場の実態を熟知した当事務所と共に、ご家庭の状況に合った本質的な親なきあと対策を見つけていただきたいと思います。障害者福祉の現場経験に基づいた、ご家族にとって本当に有益な仕組みづくりをサポートしておりますので、ぜひ一度ご相談ください。
※当事務所は障害者の相続経験の豊富な税理士と連携して相続税の申告手続きをサポートしており、ワンストップでの手続きが可能です。


